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今日は14時半起き。
平均だ。
今日は朝目が覚めたとき、のどがいがいがして咳が出た。
咳をすると尾崎放哉を思い出す。
「咳をしても一人」だったと思う。
いい句だが、そんな心境に自分を追い込みたくない。
とりあえず、のど飴をなめながらまた寝た。
今日は新聞つくろう会がある木曜日である。
今までは14時からの会だったのだが、僕があまりにも欠席しすぎるので、16時の始まりとなった。
しっかりとつくろう会をした。
だいたい大枠が決まったので、あとは詰めていって紙面を埋めていけばいい。
問題はT所氏である。
今日も先週に続き欠席。
体調が芳しくない。
熱があるらしい。
本人は風邪だと言っているが、なんか別の病気じゃないかと思ってしまう。
肝臓が弱って熱が出るということはあるのだろうか。
体のことはよく分からない。
とにかくT所氏の記事が上がるか上がらないかで紙面が12ページになるか8ページになるかが決まる。
締め切りぎりぎりまで原稿を上げるのを遅らせるのでなかなか紙面が決まらなくていらいらする時が今までにあったが、もう随分と慣れた。
なんとかなるだろう。
昨日の晩、猪のシチューが届いたので、ちょっと食べてみた。
全体的にはおいしかった。
しかし、肝心の猪の肉というのは何度か食べたことがあるがおいしいといえる代物ではない。
何か臭い感じがする。
その猪の肉を食べて思い出したのが、韓国で犬の肉を食べる文化があるということ。
犬の肉を食べるなんて可愛そう、という批判が韓国に向けられることがあるが、僕は別にいいんじゃないかと思っている。
むしろよいことだと思っている。
今回食べた猪というのは鉄砲でしとめた猪を解体したものである。
狩を楽しむのを許せるのは、その狩った獲物を全部食べてしまうという前提の下である。
年間何万匹の犬が保健所で殺されているか知れないが、僕は出来れば食べるのが一番いいと思う。
ここは韓国の文化を吸収して犬のレシピを取り入れたらいいと思う。
どうしても文化の差があるのでなかなか浸透することは難しいと思うが50年100年かけてでもこの犬を食べる文化を吸収すべきだと思っている。
僕はあまり韓国人が好きではないが、犬を食べる文化は尊重する。
保健所で殺される犬は正に犬死である。
死んだものを食べようが捨てようが別に変わらないかもしれないが、僕は動物を殺すのなら、食べなければいけないと思う。
そして自分の命にする。
それが動物に対しての、自然に対しての、恩義である。
駄句、
◆ 犬食べる文化もありし浅き春
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