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ついにやりました14時越え。
体もしんどくありません。
快調です。
しかし今日は暇。
めたらやったら暇です。
どうやって時間を潰そうかと思案中です。
たぶん今日の14時越えは、それを見越しての起床だと思われます。
計算高い自分にあきれはてます。
暇つぶしにピアノを弾いていたのですが、これがさっぱり。
最近ピアノの話題をブログに載せることはあまりなかったですが、ちょびちょび弾いていました。
たぶんピアノを弾く絶対量が少ないせいでしょう。
調子が悪いです。
今日は夢想から弾き始めたのですが、いきなりつまづくつまづく。
リサイタルの夢は消えていないのですが、やっぱり夢物語となりそうな勢いです。
夢を実現させるパッションが今のところ、かなり低いです。
夢の実現よりも現状維持が精一杯。
情けない、空しいを通り越して、首をつりたい気分です。
今日の暇な時間を潰すためにも、そしてパッションを高めるためにも、ここはいっちょ、「のだめカンタービレ」を読み返してみましょうか。
読み返すこと多分これが6回目。
これは嗜癖と言えるかもしれません。
しかし、のだめカンタービレを読み返すと何か音楽への思いがぐ~んと高まるのです。
そういえば、のだめカンタービレ最終章後篇が上映されていますね。
この日曜日にでも見に行こうかと思案中です。
とにかく映画館で聴くクラシックの演奏は最高です。
心地よさを通り越して、涙が出てくるのです。
しかし、僕の人生におけるクラシック音楽というのはかなり大きな存在です。
これがなかったら他の事をしているのだろうけども、想像つきません。
しかし一方で弊害もあります。
本でも読んだらいい時間を、ただクラシックに耳を傾けて横になっているということが多いのです。
本を読むのは体力がいりますけど、クラシックを聴くのはただ気持ちがいいだけです。
やすきに流れるというのはこういうことを言うのですね。
まさに僕の人生そのものです。
しかし昔はそうではなかったと思い返す時もあります。
これでも昔は努力家でした。
あのころの苦しい気持からは随分と離れた境地に今居ます。
とにかく病気になったのを境に努力家から怠け者に変貌したと言ってもよいぐらいです。
こう書いているうちに、何か努力でもしてみようかしらという気分にもちょっとなるのですが、何に努力を費やしたらよいのかよくわかりません。
食べるのが好きだから、料理の勉強をするとか・・・、いやいや、料理は簡単でおいしいのがベストです。
切って出すだけが美味しい。
いいアイデアが浮かんだと思ったのですが、やすきに流れる性分というのは、治しがたいですね。
精神科の薬もいろいろと進化しているようですが、ここはひとつ、努力が楽しくなる薬というのは開発してはくれないでしょうか。
努力が楽しければ、いろんな事が出来そうです。
しかし楽しいものを努力していると言えるかどうかははてなですね。
努力しなければ出来なかったことが、出来るようになる薬が出来たらいい、と言い換えるべきですね。
しかし、暇なのをいいことに、つらつらとくだらんことを呟いてしまいました。
ブログによる時間潰しはこんなところにしておきましょう。
駄句、
◆ 怠け者心の中は長閑なり
だんだんT所氏効果が薄れてきているようだ。
きのうHATAさんが香典を持ってきた。
今日デイケアに来る時にT所氏の家に寄ればよいかなと思っていたのだが、みんながHATAさんを連れて香典を持っていった方がいいと言うので、そうすることにした。
そしてHATAさんを連れてT所氏の家に行った。
初めてT所氏の家の敷居をまたいだ。
相変わらずよくしゃべるお母さんである。
だいぶ、気がしっかりしてきているようだが、夜になると寂しいことだろう。
しかしHATAさんは丁寧だ。
しっかり言うべきところをしっかり言っていた。
その点、僕はボケボケしている。
とにかく冠婚葬祭は苦手なのである。
しかたがない。
昨日は晩御飯に肉じゃがを食べたのだが、風呂に入る前の体重測定で、恐るべき記録を更新した。
残念ながらその記録をここに記すことは出来ないが、なんでこんなに増えなアカンのや~!
振り返ってみるに昨日は間食が多かった。
句会で、T所氏のお母さんが持ってきたクッキーを食べたのと、N崎さんが持ってきたパンケーキを2個食べたのと、T所氏の家に行ってお母さんがケーキを出してくれたのを食べた。
しかしこんなんではこんなに体重が増えるわけがないと思うのだが、増えたのだから、これからは注意しないといけない。
しかし食べ物に関しては注意するというより、目の前に運ばれたものは全部食べてしまう主義なので、だめですね。
駄句、
◆ 目の前の食べ物全部食べる主義
今日もT所氏効果。
厳密に言うと、T所氏のお母さん効果。
昨日デイケアにいらっしゃった。
T所氏の俳句の短冊が欲しいとおっしゃっていたのである。
さっそく娘さんを連れていらっしゃった。
短冊を渡す時、涙声になっていた。
それにしても明るいお母さんである。
いろんな故人の思い出話をする。
面白い話をたくさん聞けた。
困ったのは、お通夜の時に故人が率いていた大学のコーラス部の方に千の風を歌ってとお母さんがおっしゃったらしい。
そして、それを句にしてほしいとおっしゃるのである。
難題だ。
駄句を作るのは毎日作っているので駄句なら簡単にできるが、駄句ではお母さんが満足しないだろう。
駄句の域を脱していないが、その場で即興で作ってみた。
◆ 千の風友唱和して鳥帰る
それをさらに短冊にして渡したところたいそう喜んでくれた。
さらに困っているのは、3句作ってほしいとおっしゃるのである。
もう1句は、
◆ 花曇遺骨は母に抱かれをり
と先日作っていたのだが、もう1句作ってほしいとせがむのである。
で、まだできていない。
というのも、前の2句は、お母さんがヒントを与えてくれて作った句であって、お母さんからヒントをもらわないとそう簡単にできるものではない。
ということで宿題が出来てしまった。
難問である。
昨日、三谷幸喜のドラマ「わが家の歴史」みました。
最高に良かったです。
さすが三谷幸喜と言わざるを得ません。
今日と明日とまだあるので楽しみである。
やはり、佐藤浩市の演技が素晴らしい。
あと富司純子も面白い。
とにかく出演している役者みんながいい味を出していて、いいドラマになっている。
喜劇だが、何とも上品なストーリー、というか上品なユーモアというか、三谷幸喜のさえわたったピリリとした味の利いているユーモアがドラマのすみずみにわたっていてとても気持ちがなごみます。
とにかくクォリティー高いです。
昨日デイケアでピアノを弾いていたら、熱心に聴いてくださる方がいて、演奏が終わるたびに拍手をしてくれてとてもいい気分で演奏できたのだが、あとで過分なものを頂いてしまった。
その人には、聴いてくれるだけでうれしいんだからこんなことしなくていいんですよ、と伝えたのだが、伝わったのだろうか。
お返しの品は何が良いのだろうか、頭をひねらないといけない。
もらったものの中に、森永のミルクキャラメルが入っていたのだが、それをツレが三谷幸喜のドラマを見ながらむしゃむしゃと食べるのである。
あまり食べ過ぎるとよくないと思い、とりあげようかとも思ったが、怒るのは目に見えているのでいいようにさせておいた。
まさかキャラメルをそんなに好んで食べるとは思っていなかったので、少々びっくりした。
二箱もらったのだが、全部食べてしまいそうな勢いでちょっと怖い。
駄句、
◆ 春愁や故人のうそのばれにけり
今日はAM9時半起き。
今日ばかりはタイマーをかけて早起きしました。
起きるのは随分としんどかったです。
今日はT所氏の告別式。
他界する彼にきっちりと別れを告げなければいけません。
ご焼香した時に手を合わせて「夢の中で会いましょう」と告げた。
今朝、夢に出てくるかなと思っていたが、出てこなかった。
最後に「千の風になって」を唱和。
さすがにジワリときました。
もっと彼と話をしておけばよかったという後悔の念が湧き出てきました。
告別式が終わって火葬場に行きました。
僕が行くのはあまりふさわしくないのではという思いがあったのですが、T所氏の妹さんに勧められて行くことにしました。
棺桶が火葬炉に・・・。
そのあと1時間、お母さんと、妹さんと話をした。
故人の思い出話をいっぱいした。
故人が、「親父は嫌いだったけど、母は好きだった」と言っていたというと、お母さんはうっすらと涙を浮かべていた。
火葬場で待つ時間が1時間ほどあったのだが、しんみりした雰囲気になるのだろうなと勝手に想像していたが、故人の色々な話をしていると、不適切だが楽しかった。
お母さんも楽しかったとおっしゃっていたので僕だけではないのだろう。
故人の過去のロマンスの話も聞けて面白かった。
やっぱり話題に上ったのは財布の話題。
みんな笑っていた。
やはり火葬場でしんみりされるより、楽しく談笑してくれるような人にならないといけないなと、なぜかそう感じた。
みんなが故人の話題で笑えるのは、その人が面白い人だったからである。
あの人は面白い人だったと、言われるように陽気にこれからの人生を生きて行こうと思う。
しかし、楽しいのはいいのだが、やはりかなり場違いな感じがした。
たぶん僕以外は親族。
でも、お母さんが話しかけてくれて、何とか場になごむことが出来てありがたかった。
そして時間が来た。
骨になった故人。
しかし、先ほどの談笑のせいだろうか、不適切かもしれないが、この場に居合わすことが出来て、そして何か時間に区切りを打ったように、心が落ち着き、あらためて、心静かにお別れが出来て良かった。
僕はこの時初めてのど仏というものを見た。
確かに仏が手を合わせているように見える。
それもお壺の中に入って、そして母に抱かれた。
お母さんが何か一句作ってよと僕に言うのだが、なかなかそんなに簡単に句は出来ない。
ここに駄句だが一句ひねることにしよう。
駄句、
◆ 花曇遺骨は母に抱かれをり
今日は14時半起き。
訃報があった。
T所氏が亡くなった。
ここにT所氏の他界したことを書くのは不適切かもしれない。
しかし、デイケアに通っていた彼の行った先は雲の上。
クラウド上にT所氏に話をするつもりで書くことにする。
明日は告別式があるということなので、行こうと思う。
僕は冠婚葬礼の儀式が苦手で、避けたいところなのだが、行かないといけないだろう。
生前は随分と世話になったこともあるのだから。
しかし先にここに記しておくが、亡くなる直前までT所氏に腹を立てていた。
そして口もきいていなかった。
だが、故人に腹を立ててもしょうがない。
彼は僕に色々な事を教えてくれた。
特に、「この本面白いよ」と本を貸してくれる、いや、くれる時が随分とあった。
彼の進める本はどれも面白かったし、僕の知らない世界をプレゼントしてくれた。
彼の進めてくれる本のおかげで知識のシナプスの結合がかなり変わったと思う。
彼は人格的にときどき問題を醸す発言があったが、それは僕の未熟なせいであろう。
彼は素晴らしい知識人であり、その知識を行動に生かし、結果も作ってきた。
ただの物知りだけでも素晴らしいのだが、彼はそれにとどまらなかった。
もしかしたら彼の不適切な言説は矮小な知識しか持ち合わせていない他人に対する苛立ちだったのだろう。
そう思うと彼を許すことができる。
故人に対して許すとは何ぞやという声もあろうが、実際僕の気持がそうなのだからしょうがない。
彼はデイケアに自分の知識をこぼすことがあまりになかったが、その知識も一緒に雲の上に持って行ってしまった。
とても残念なことだ。
しかし桜の満ちるこの時期に他界するというのは、かっこいいじゃありませんか。
なんか西行みたい。
彼はこの桜を見たのだろうか。
それさえも僕は知らない。
それを確認するためにも明日告別式でお母さんに会って話をしないといけない。
もう会うことは現実にはないだろうが、今日あたり彼のことだからひょっこり夢の中に出てくるかもしれない。
いつか僕の夢の中で会いましょう。
さようなら。
駄句、
◆ 西行のごとく他界し桜満つ
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