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クラシックと寝ることが好き
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今日は14時起き。
デイケアに出かけるのも暑いし面倒だし、起きるのよそうか?などと考えていると目が覚めてきました。
最近、ある人のブログによくお邪魔するのですが、「こうあるべきみたいな考えには以外と勘違いがあって、どこかで客観的な視点が必要なんだなと感じました」と書かれていました。
これは本の内容とか、ニュースでの報道とか、新聞の記事とかいろいろなことに関しても言えることなのだけれども、ピアノのことを主に書いているブログなので、もちろんピアノを演奏するうえでの勘違いについて書かれているわけです。
僕の場合は勘違いもたくさんあるのだろうけれど、それ以前の問題です。
僕の一曲をレパートリーにする手順というのは、
楽譜のおたまじゃくしを拾って鍵盤を押していく、そしてある程度の音楽記号は忠実に従うのですけれども、ほとんどの音楽記号は無意識のうちに無視されていきます。
そして暗譜してしまいます。
暗譜するともう楽譜を見ることはありません。
そして間違った演奏を繰り返し練習して凝り固まってしまうのです。
だからいわゆる勘違いの演奏というのはよく分かりません。
ソルフェージュなんてことはもちろんやってないし、ピアノの先生についているわけじゃないし、もう勘違いどころではありません。
我流もここまで来ると破滅的です。
それでも11月22日に、人前で、ホールで、3曲披露するわけですから、すごい度胸です。
最低人に聴いてもらうのであれば、楽譜に書かれてあることを吸い上げて演奏に反映させなければいけないと思うのですが、それができていないわけで、人前で演奏するのは一体何のためだと考えざるを得ません。
これは考えるまでもなく、人前で弾くというのは気持ちがよいということです。
だから演奏に失敗した時の落ち込み方はすごいです。
でも演奏に成功したとき(失敗しなかったとき)とても気持ちがよいだろうなぁと想像してしまうのです。
僕が人前で弾くという動機が発生するのはこれにつきます。
もちろん聴衆が感動するような演奏ができれば越したことはないのですが、以上に述べた事情により、それは叶わないのが現実です。
一番手っ取り早いのは金を払ってピアノの先生につくのが良いのでしょうけど、使えるお金にかなり制限がある状態なので吝嗇にならざるを得ません。
先生に付けないのであれば、せめて楽譜に書いてある音楽記号に忠実になるようにしなければいけないと今思った次第です。
今日は帰ったら暗譜している楽譜を眺めてみようと思います。
わからない音楽記号は、iPhoneで調べる!
よしこの方向でいこう。
しかしこの方向で行ったところでいきつく先は多分勘違いなのだろうと思います。
その勘違いはどうにもなりません。
あきらめるしかないのです。
客観的な指摘がないとまずこの勘違いは除去されないと考えます。
間違った方向に進んでいてもピアノを弾くのは気持ちが良いのです。
でも、間違っていると凝り固まって修正不可能になって、行きつく先は飽きてしまうということになりかねませんのでその辺は気をつけなければいけないのですが、どのように気をつければよいのか思いつきません。
とにかく11月22日の目標に向かっていまは突き進むのみです!

駄句、
◆ 勘違い以前の問題ピアノ弾く
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今日は14時半起き。
今日はもう17時まで寝てやれーっといった気分だったのだが、これ以上眠ることはできなかった。
悲しい決断をしなければいけない。
もうしょうがないところまで来た。
何がって?
自分のレパートリーである「古風なるメヌエット:ラヴェル」を練習するのをやめにする、という決断をした。
この曲は1週間に1度弾いているのですが、どんどん下手になっていくばかり。
弾いていても気持ちが悪い。
しかしこの曲はあこがれの曲だった。
弾けるようになった時の喜びは大きかった。
しかし維持できない。
もう主題のところでつまづくのです。
とにかく古風なるメヌエットを練習しなければいけないと思うと心がどんより。
もうこんな気持ちになるのは嫌です。
気持ちよく練習できないのならもう見切りをつけるべきです。
MyCD「ねだめかんたーびれ」に録音されたものが収録されているので、もうそれで十分。
薄汚い僕の演奏技術で練習されてもラヴェルもうれしくないでしょう。
いかんいかん。
自分をくさしたらだめだ。
とにかく今日をもって古風なるメヌエットとお別れです。
さようなら。

駄句、
◆ さようならラヴェルの名曲秋の風

今日は12時半起き。
タイマーをセットして起きた。
なぜにそこまでして・・・!
今日は保育専門学院でグランドピアノで練習する初めての日なので気合が入っています。
そして今しがた行ってまいりました。
良い練習ができました。
やっぱりグランドピアノは触っていないととてもステージでグランドピアノで演奏するわけにはいきません。
最初にノクターンを弾いたときは、ノクターン自体が得意な曲なので、鍵盤の重さをあまり感じることはなかったのですが、次に愛の挨拶を弾いたところ、鍵盤の重さをもろに感じました(鈍い)。
愛の夢を弾く時には左手が鍵盤の重さに耐えきれずもつれるもつれる。
亡き王女のためのパヴァーヌを弾く時にはだいぶ慣れてきていたので美しく弾けました(嘘)。
モンタギュー家とキャピュレット家はピアノに違和感があるとすぐにミスタッチを連発する曲だというのがよくわかります(それでええんか!)。
別れの曲は中間部が不思議なことにグランドピアノの方がしっくりくる感があります。
別れの曲の中間部は鍵盤が重いと手首が痛くなるのですが、ミスタッチはあるものの気持ちよく弾けました。
トロイメライは問題なし(ほんまかい!)
一通り弾いてから、問題のある部分を繰り返し弾いていたら切り上げなければいけない時間になっていた。
1時間半弾いたのですけど、なんかあっという間。
充実していたんでしょうね、たぶん。
しかし、この保育専門学院でグランドピアノを弾けるように手回ししてくださった周りの方々に感謝です。
ホントに感謝してます。
ホントかどうかの真偽は確かめようがないのですが、ここに神に誓います(神は信じていません)。
まずグランドピアノで練習しておきたいとわめいていたら、O本さんが精神保健福祉大会を主催する県職員に相談してくださった。
そこからその県職員がどういう風にして保育専門学院をみつけて話をつけたのかはふだん仕事をしていない僕には想像もできません。
やっぱり人脈でしょうか?
僕の一番不得意なことです。
そして、実際に僕を受け入れてくださった保育専門学院の職員さんたちに感謝です。
いろいろな人の理解があって実現したグランドピアノでの練習。
失礼のないように言われたことは丁寧にちゃんとします。
考えてみれば、僕のこの行動で精神障害者の地域参加の理解を得る大きな機会になると考えることもできるので、迷惑をかけるようなことは絶対にないようにしなければいけません。
精神障害者の地域参加かぁ・・・大きなテーマなのでここで終いにしておきます。

駄句、
◆ チャレンジド地域へ参加雲の峰

今日は14時起き。
用がないとすぐこうなる。
まったくだめな性分だと分かっていつつ、たびたび思い知らされてしまう。
デイケアのピアノのある部屋がクーラー利き出しました(祝)。
じゃないと蒸し風呂のようなところでピアノ練習したって一つも良いことはありません。
いまからクーラーの風に冷やされた部屋で心地よくピアノの練習に励むことにします。
それにしても課題の7曲。
なかなか完成度が高まりません。
停滞しています。
こうなってくるとモチベーションが下がってしまうのがオチ。
しかしその7曲の中でも先日先生に指導を受けた亡き王女のためのパヴァーヌは、気合が入ります。
先生に教えてもらうということはこういうことなのですね。
しかし先生に教えてもらったから感じるのかどうかわからないんですけど、亡き王女のためのパヴァーヌは繊細な曲です。
亡き王女のためのパヴァーヌは言葉のごろ合わせでつけた名前らしいんですが、たぶん名前が先でそれに霊感を受けてラヴェルが作曲されたのだと想定しているのですが、事実は知りません(調べろよ!)。
とにかく王女の繊細な心を思い出すかのように踊る雰囲気を出さないといけないのかな、なんて考えています(勝手な解釈でええんか!)。
主題の旋律を支える中声部のスタッカートはその王女の繊細な心の記憶を思い出すかのように丁寧に弾かないといけないと勝手に思っているのですが、この勝手な考えも先生の指導を受けてからのこと。
先生に指導を受ける前のこの中声部は全くだらしのない弾き方で、だらしのない僕の内面を写すがごとくの演奏でした。
先生に生活の指導までは受けてませんが、演奏にはそのだらしのなさを指摘されたような気がして、それが改善されたような気がしてをり、パヴァーヌを弾く時は僕の心の中が純粋になるような心持です。
演奏が改善されるということは心の内面が改善されるということなのでしょうか。
いっそのこと生活のリズムのだらしのなさも正してほしいのですが、そう欲張ってもいい方には変化しません。
ただ、ピアノに対する情熱が湧き出てくるのであればその時間を捻出するために起きる時間を早めるのでしょうが、そうならないということは僕のピアノに対する情熱のたかが知れていることを思い知るのみです。
少ない情熱で大きい収穫!・・・情けない。

駄句、
◆ 情熱をピアノに捧ぐそう願う
今日は12時半起き。
今日は早めの寝ざめ。
懸念していることがあった。
ピアノ。
ホールで演奏する曲、7曲を毎日練習しているのだが、レパートリーの他の16曲を1週間に一度練習するようにしている。
忘れてしまうのがもったいないのである。
しかし今日弾いてみたのだが、がたがた。
重点的に弾いている7曲さえもガタガタのレベルなのに、さらにガタガタなのである。
とても人に聴かせるレベルではありません。
人が聴いたら不快に思うことでしょう。
もう途中で練習するのをやめようかと思うぐらいにガタガタだったのですが、ひとしきり弾くことができました。
あまり嘆かずにここは自分を褒めることにしましょう。

最近メシアンの曲を聴いている。
はじめ買ったときに聞いたときは、不快で不快で聴いていられなかった。
もう二度と聴くまいと思っていた。
それが先日バッハのフーガの技法を買って気持ちよく浸っていた。
エマールという人の演奏。
その人の顔写真がジャケットになっているのだが、その顔見た覚えが・・・。
その時はなかなか思いだせなかった。
そしてライナーズノートを読んでいたら、このエマールという人がメシアンを好んでいるという記述があって、それで思い出した。
あのメシアンを弾いている人だ!
そして久しぶりに聴いてみることにした。
そして耳を澄ませてメシアンの世界を聴いた。
すると不快感はなくとても美しい音楽に聞こえた。
メシアン素晴らしい!
僕が持っているのは「幼子イエスに注ぐ20のまなざし」なのだが、とにかく良い。
自分が変わったということだろう。
あのときは理解できなかった文章が今はすっと心に入ってくるような感覚。
と思っていたら、落とし穴が・・・。
音楽に集中して聴いている時は気持ちよいのだが、BGMとして聴くと、不快なのである。
メシアンを聴くときは何もせずにとにかく演奏に聴き入らなければならないということが分かった。
今日も帰って多分暇だろうから、メシアンの世界に浸ろうと思っている。

駄句、
◆ メシアンの世界に浸る夏座敷
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1968/10/10
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