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クラシックと寝ることが好き
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今日は訳があって睡眠がめちゃくちゃ。
昨日はちらし寿司を作ってバーバー接待するはずだった。
それが、ちらし寿司が出来上がったぐらいから調子が悪くなる。
接待は中止して17時ごろ近所のとびうめ内科へ。
ウイルス性胃腸炎とのこと。
この時体温は36.6度。
そして作ったちらし寿司を食べてからどんどん調子が悪くなる。
23時ごろ耐えられずにタクシーを呼んで夜間急病診療所へ。
このとき、39.1度。
脈拍も129。
そこで処方してもらった解熱剤のロキソニンを飲んだ。
ロキソニンて何でも効くんだなあ。
そして薬局に自動販売機にOS-1があるのを見つけて買った。
喉の渇きがひどかったがこのOS-1をちょっと飲むと喉の渇きが一気にとれた。
そしてロキソニンも効きだした。
37度台まで体温が下がった。
今日は風呂をやめておこうと思ったが。
変更。
入った。
汗だくだったので気持ちが良い。
今日はほとんど寝ていないのだが体調はいい。
ほとんど寝ていないと言っても細切れに合計で5時間ほど寝た。
とにかく菖蒲茶会の準備が今日。
本番は明日。
お点前をしないといけない。
そして今日は、手伝いもしないといけない。
こんな時になんでこんなことになるんだ、と何に対して恨んだのかよく分からないが、とにかく急回復してよかった。
本当なら今日は計算の日だが、3日の金曜日にすることにしよう。
しかし、ちらし寿司なのだが、僕はツレに捨てろと言った。
しかし今朝、バーバーに電話したらチンして食べるという。
無類のちらし寿司好きなのだ。
移ったら困る…
うつったら死ぬかもしれない。
しかし食べると言っているのだからしょうがない。
はぁ。
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今日は13時半起き。
ここしばらくこんな爆睡はしていなかった。
おかげで体調がいい。
本当なら、明日14日まで伊予三島にいる予定だった。
それが、もう14日は退院に付き添わなくてもええな、と言った。
父は快諾してくれた。
結局は12日の夕方に帰ってしまった。
13日に面会に行ってからそれから帰ることにしようと思っていたが、もう13日の朝に帰ってもええなと母に言ったところ、もう行けるでというので甘えた。
もういっそのこと13日、お母さん一人でおれるなと。
それなら12日にもう帰ってもええな、というと、もうええよと言ってくれたのでさらに甘えた。
それで昨日の夕方帰ってきたわけだが、きのう、亀老山に行った。
12日朝のこと。
朝刊に亀老山の記事があった。
日本絶景第3位のスポットらしい。
東京スカイツリーが11位だからすごいのがわかるでしょ。
その記事をツレに見せたところ、行く!となった。
そして新居浜のある蕎麦屋さんにも行きたいとなった。
以前そばまで行って食べられなかったのが心残りだったらしい。
それで15時に父の面会をする予定を変更して、9時半にツレと母と僕で家を飛び出した。
そして病院に行って父と面会。
お昼ご飯に蕎麦屋に行って、亀老山へ。
亀老山は来島海峡を渡った大島にある。
新居浜まで来たのなら行こうでというツレの意見は正しかった。
素晴らしい絶景。
とても印象的な一日となった。
しかし母は覚えていないらしい。
がく。
今日は8時起き。
よく眠れた。
昨日は朝起きると母が泣いている。
お父さんがいないから寂しいのだろうかと思ったらどうも違うらしい。
仲のいい友達のことをお父さんが好きだった、などと話している。
私一生懸命しているのに、こんなこと言われたらつらいわい、という。
たぶん妄想だろう。
深く取り合わなかった。
それにしてもツレがいたら母はおとなしい。
ボロを出さないようにしているのだろうか。
先ほど洗濯用のタコの足がないという。
誰かにとられたという。
たぶんどこかにあるだろうと探していると、見つかった。
そしたら、先ほど自分が言っていた誰かにとられたというのは、もう口に出さない。
またもや、タコの足が無くなった。
それをツレに言う。
ツレには取られたなんじゃのとは言わない。
やはりツレにぼろを出さないように気を付けているのだろう。
それと僕は今晩高松にかえることにした。
13日の朝にかえることにしようと思っていたが。
それなら12日の晩に帰っても同じだろうと思いそう決めた。
もう母と一緒にいるのはしんどい。
父は14日に一人で帰ってくる。
もう大丈夫だろう。
今日の晩御飯を食べたら帰ることにしよう。
あー早く帰りてー!
今日は6時半おき。
最近起きたら、何か考え事をしていて、いつもならもっと寝るところが、起きてしまう。
昨日は、実に情けないことに、根を上げてしまった。
朝起きて、母も起きてきて、しばらくすると、母がまた例のごとく同じ問答を繰り返す。
伊予三島から新居浜まで車を運転して母を父がいる病院に連れて行くのも、父と話をするのも、晩御飯を作るのもなんともないのだが、母の同じことを何度も繰り返す言動に参ってしまった。
しんどいことを母に告げると、高松に帰りなと言う。
母はねぎらいのつもりで言ってくれている。
でもそういうわけにはいかないのだ。
母を一人にするわけにはいかない。
僕がつかれているのを見て母は繰り返し繰り返し帰りなさい、という。
さらに疲れてしまった。
情けないことにまず父に電話した。
愚痴というかしんどいということを訴えた。
母の言動にほとほと疲れたことを伝えた。
父はもう今日は見舞いに込んでええぞと言ってくれる。
しかしむしろ父に面会に行くのは息抜きになるのだということを伝えたら、それなら来いという。
そして、ツレにも電話した。
同じ内容のことを話した。
そしたら、私も伊予三島に行くわ、と言ってくれる。
僕はうれしかった。
甘えることにした。
すると少々疲れが癒えてきた。
安心したのか、また寝てしまって12時ごろまで寝た。
それから父のところへ行った。
お父さんと話をしていたら気がだんだん晴れてきた。
それと腎移植について話が及んだ。
父はもらわないと言う。
お前のあとの人生を考えたらそんなことはできないと。
昨日、ネットで腎移植のことについて調べたことを話した。
ドナーのリスクについて語った。
もちろん父はそれならなおさらのこと腎臓を受け取れないという。
父も考えが固まったようである。
もうこれ以上話しても僕の腎臓は受け取れないことを冷静に言う。
僕もこれ以上は言わなかった。
ということで透析をする気持ちも固まったらしい。
ドナーとレシピエント両方が納得しないと移植はあり得ない。
そして面会を終えて帰路についた。
そこにツレから電話が。
今からいっきょるで~って。
何よりもうれしい。
マイク付きのイヤホンでハンドフリーで電話をしながらツレと話しながら運転をした。
この日はツレがいつ帰ってくるかわからないので料理を作り置きするのもなんだし、近くの焼肉屋に行こうという話になっていたのだが、気が変わって、ポトフでも作ろうかという話になった。
マルナカで買い物をして家で料理している間もイヤホンで会話していた。
もう着くらしい。
しばらくすると着いた音がした。
会えて、ほっとした。
うれしかった。
料理はできたが、母は疲れたと言ってしばらく休むことに。
そのあいだにBSで真田丸を見て、見終わったところで母を起こしてポトフを囲んでお食事。
母は言葉少な。
いつもと違う。
緊張しているのだろう。
それでも和やかに話しながら食事をした。
この日はうれしいものだからビールをたらふく飲んだ。
さらに、家探しして見つけた純米酒を飲んだ。
なんで純米酒があるのかようわからんけど、小さい瓶なのであけてしまった。
酔っぱらった。
ええ気分である。
いまツレが起きてきた。
さあ一日が始まる。
ツレに感謝です。
今日も5時半おき。
最近早く目が覚める。
寝るのは0時なのだがなぜかこの時間に目が覚める。
あとで睡眠をとろうとするが、なかなか睡眠がとれない。
今日起きたのは腎臓移植のドナーのリスクについてネットで見てその内容が気になったから。
ドナーのリスクは、移植した後ドナーの腎臓の機能が70から75%に低下し、高血圧や蛋白尿が術後認められることがあるとのこと。
この数値はちょっと悪化すると心臓病や慢性腎臓病になりやすいので注意が必要ならしい。
そして肥満になりやすいとのこと。
すでに僕は肥満の状態だが、肥満になると腎臓への負担も大きいらしい。
この情報をネットで知って少々たじろいだ。
しかし、腎移植する意思は変わっていない。
ただ僕の腎臓が使えるものなのかどうか?
医者に相談したり検査することが必要だ。
腎移植にこう言ったリスクがあることを知って、なお腎移植をためらわないのか?
ここには僕の善意もあるにはあるのだろうが、ほかの理由もある。
これには僕の死生観について述べる必要がある。
今では生きていて楽しいと思えるほどに回復したが、死んでも別にかまわないという感想もある。
ツレは15歳年上。
僕があと取り残される可能性は十分にある。
僕も腎臓が悪くなって透析が必要になることが考えられる。
それで、ツレが亡くなったらそのあと後を追うようにして、透析をやめて一種の自殺行為をすることが可能だ。
ツレがいないこの世に意味なんてない。
そういった邪念が僕にはある。
だから腎移植するという僕の意思には善意と邪心が混ざり合っている。
このことを考え出すと思考がそちらのほうに囚われてしまって、活字が目から飛び込んでこない状態になった。
この邪心については医者に述べる必要があるだろうか?
こんなあまちゃんなことを述べたら、医者に叱咤されるかもされない。
そういう動機での腎移植には同意しかねるともいわれそうな気がする。
まあ邪心が混ざることはあるが確かにお父さんに快適な余生を送ってほしいという気持ちは十分にある。
もう一つ難点がある。
父が手術に耐えられる体力を持っているか。
それに、何を言っても、ドナーとレシピエントに医学的に何の問題もなく腎移植できるかどうか。
とにかく医者に早く相談して僕の意思を伝えて医者の懸念も聞いて腎移植にたどり着きたい。
ただ、お父さんがぼくの腎臓を譲り受けるのをためらっている。
父のこれからの10年と僕のこれからの30年の人生をはかりにかけたら腎移植はナンセンスだということを医者が言っていたらしい。
それでも腎移植するなら病院を紹介してくれるとも言ってくれている。
これからお父さんに説得にかかって腎臓を譲り受けてほしい。
ところで、きのう弟家族が大阪からやってきた。
にぎやかだった。
娘が二人なのだが場が華やぐ。
長女は中二、次女は小五。
楽しかった。
父も外出届を詰所に出して遊んだ。
たいした情報交換はないのだが、その中で面白かったのが、初音ミクの、家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています、という曲。
こういう情報は、僕にはなかなか入ってこないがおしゃまさんと話しているとこういった情報に接することができて、おもしろかったりする。
長女は活字の虫。
病院の近くのイオンモールに行ったのだがほとんどを宮脇書店で過ごした。
僕は面白いからと言って、長女にジェノサイドを買ってやった。
どうだろう?読んでくれるかな?
読後の感想はメールで送って、といったが覚えているだろうか。
しかし、昨日4時間ほど弟家族と遊んだわけだが、お母さんがそのあいだ問題行動問題発言をすることなく、僕から言わせると100点の出来だった。
危ない場面もあったがそれは一か所だけであとはおおむね大丈夫だった。
しかしだ。
弟家族と別れて伊予三島の家に帰ってきてお母さんと夜話をしていると、今日のことを忘れている。
まあ予想はしていたが想定内と想定外の境界線ギリギリのところだった。
それと何か物が無くなったら、人にとられたと妄想することがようやくにしてわかった。
昨日は、箸置きを人にとられたという。
そんなバカなことがあるかいな。
とにかく僕のためにも人にとられたというようなことは話してくれるなと強く念を押したのだが、忘れることは間違いない。
高松に帰りまえとか言われるし、疲れる。
いろいろなものの置き場所が頻繁に変わるし、そのたびに探さないといけない。
僕も発狂しそうだ。
早く高松に帰りたい。
こういったところ僕も薄情な男だなと思う。
もっと丁寧に母に接することができればいいのだが、時々つんけんと言ってしまう時がある。
しかし、昨日また、お父さんはどこ行ったんかいな、といいだし、それを説明すると泣き出す。
でもこのときの対処方法が分かった。
父に電話させれば済むのである。
そしてそのあと明日も病院に行くんでと言ったら笑顔になる。
母のトリセツはむずかしい。
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1968/10/10
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